由緒
淡路島厳島神社
厳島神社の御祭神である「市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)」はイザナギ・イザナミノカミを親神とする天照大神よりお生まれになった「水の神」である。
古事記の冒頭「国生み神話」で、イザナギノカミ、イザナミノカミが日本で最初に淡路島(あわじのほのさわけのしま)をお生みになったと記されている。
淡路島は豊かな自然に恵まれ、古来より「海の幸」「山の幸」を朝廷に献上する「御食つ国」として大事な島とされた。
このことは、二千年を超える遥か昔の神事に用いられた古式の銅鐸が南淡路からたくさん見つかっていることや、北淡路の山中からは弥生時代の鉄器を製造していた集落が次々と発見されるなど、淡路島が太古の昔から、青銅や鉄の金属器文化の豊かな島であったことが日本最初の島となったことを裏付けている。
この実り豊かな淡路島の中心洲本の中央に淡路島弁財天厳島神社は鎮座する。洲本は淡路島唯一の城下町であり、現在も島の中心都市として賑わっている。
明治になって、城下町を東西に二分していた外堀が埋め立てられ、そこを厳島神社の社地として港から移設され、以後、厳島神社を中心に洲本の町の近代化がすすめられ淡路島の中心都市として洲本が繫栄していくのである。
現在も、城下町の名残は随所に残り、三熊山上に石垣が累々と残る戦国時代の洲本城跡、山麓の近世の洲本城跡を始め、学問所であった旧益習館庭園跡、江戸時代からの商店街や周辺のレトロな街も近年賑わいを見せている。
青い海と緑豊かな自然、そして澄み切った空気に包まれた歴史ある街並みの中に淡路島弁財天厳島神社は鎮座する。